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おかしな『犬のしつけ』???Vol.5


犬の要求に応えると、飼い主を下だと思うようになる


◎上下ではなく、要求に応えてくれる人だと学習

冷静に学習理論で考えると

犬の要求に応えたら、犬は、飼い主を下だと思うようになる、のではなく、飼い主は要求に応えてくれる、と学習するだけです。学習理論で考えたら、そんなことは簡単に理解できることかと思います。人間関係に置き換えて考えてみましょう。あなたは、要求に応えてくれる人と、そうでない人、どちらと一緒にいたいと思いますか?どちらが一緒にいて、幸せを感じますか?要求に応えてくれる人を、自分より下だと思いますか?もしかして、これを言い出した人は、そう考える人なのかもしれません。あるいは、幼いころ、親が要求にあまり応えてくれなかったのかもしれません。親が要求に応えてくれたら、そこで生まれるのは快感や安心感、信頼感なのではないでしょうか。応えてもらえなかった場合、自分がいけないからだ、ダメな子供だからだ、などと考え始めてしまったら、悲惨なことになりかねません。

不都合が起きる場合には要注意

 ただ、要求に応えて不都合が起きる場合には注意が必要です。例えば、吠えるというコミュニケーションに対して応えてあげると、犬にとって嬉しいことが起きた場合、吠えるという行動は強化されて、頻発するようになります。隣近所は何百メートルも離れている環境や、作りがしっかりしていて音がもれて迷惑かけない家、マンションなどに住んでいる場合には、別に困ることはないはずですが、隣近所が隣接していて、音が漏れる、他の住民に聞こえてしまう可能性がある環境の場合には、時間帯によっては迷惑をかけてしまうことになり、不都合が生じます。もっともそれは、近所づきあいも関係してくるようですが。なので、もし不都合な行動を強化してしまいそうな場合は、応えないようにしなくてはなりません。

犬とのコミュニケーション

 しかし、犬はそれをしたいと思っている、ということは理解しておいてやりたいと、私は思います。要求をするということは、犬がその人とコミュニケーションしたがっているということなので、それは嬉しいことでないでしょうか。このルールが本当なら、要求に応えないように徹底すれば、犬は飼い主を上だと思う、ということになるのだろうと思いますが、応えてくれない人とコミュニケーションしたいと思わなくなるかと思いますので、どんな結果になるかは明らかですね!


犬は飼い主の横にピタリとついて歩かなければならない


◎迷惑、危険でなければ好きなように歩こう

1日中服従!? 

 家庭犬訓練所に勤務していたころは、1日中、犬を服従させようとしていました(苦笑)ほめたり、なでたりすると犬からバカにされ、指示を聞かなくなるから、と実しやかに先輩たちから言われていて、それを信じていたからです。でも、今だから白状しますが、先輩がいない時間や休みの日には、なでまわしてラブラブしていました。しかし、ハンドリングにはまったく影響しませんでした。横にピタリとつけて歩くことを、訓練用語で「脚側歩行」いいます。犬の鼻が触れるくらい自分の左側の足につかせて、鼻先が膝より前に出ないように、手で叩いたり、皮のリードでピシッと鼻先に当てたりして、訓練していました。目黒の訓練所には50頭のラブラドールレトリーバーがケージの中で飼育されていて、ごはんをあげて排泄が済んだら訓練が始まります。自分で犬を選び、それぞれの犬の性格に合わせて訓練をします。犬のための訓練でもありますが、それ以上に自分の訓練でもありました。

精神的なつながり

 まだまだ先輩のようには引けない(犬の訓練をすることを「引く」と言っていました)私は、ある日、脚側歩行の訓練をしていたところ、それを所長が見ていました。犬と一緒に歩き出し、止まると同時に犬を座らせます。言葉や手による指示を出すときもありますが、最上級のテクニックは体のわずかな動きで座らせることです。その最上級のテクニックを練習していたのですが、止まって座るたびに、少しずつ犬が前に出てきているのを感じていました。鼻先が膝より後ろから、膝と同じくらい、そしてだんだん前に出てきていました。すると見かねて所長が「次は手を入れなさい」と一言いいました。手を入れる、とは、鼻先を叩く、という意味でした。なんとか体で対処したかったのですが、それほどの腕はありませんでした。所長の指摘は的確です。「はい」と返事をして、情けない気持ちになりながら、よし次は手を入れてやる!と思って歩き出しました。そして止まったとき、なんと犬の鼻先は私のひざよりも後ろにあったのです。「叩けないだろう?」所長は勝ち誇ったように言いました。「どうして最初からその気持ちでやらないんだ」完敗でした。その日はそれ以上訓練を続ける気力がなくなり、落ち込んだ気持ちで他の作業を黙々とやりました。私にとって、飼い主の横にピタリとついて、とはそれほどの心構えで歩く、という意味があると感じています。

動物にひも(リード)をつけて歩くというエゴ

 訓練競技会などでは、ピタリとついて歩くパフォーマンスが行われています。競技会としてはすばらしいと思いますが、あれはお散歩とはまったく別ものです。楽しそうにやっている犬たちもいますが、あくまでもハンドラーと一緒に行うパフォーマンスとして楽しんでいるわけで、近所を歩く散歩とは目的もまったく違うものです。レッスンで引っ張るのでやめさせたい、という飼い主さんは多くいらっしゃいます。そこでよく考えて欲しいのは、動物にひもをつけて歩くことのエゴイスティックさです。ひもをつけられて歩く姿は、見慣れてしまうとなんでもないかもしれませんが、よく考えたらひどい話だと、私は思うのです。もちろん、我が家の犬たちも、散歩のときはちゃんと首輪とリードをつけます。でないと危ない環境で飼っていますので。同じひもがついている状態ですが、気持ちを考え直してみたいと思います。ひもをつけているのは、危ないから、彼らを守るためですので、横について歩かないからといって腹を立てるのはおかしいのです。お願いだから、危ないから引っ張らないで、という気持ちならOK。ちゃんと横について歩きなさい!はダメなんです。もちろん、犬は教えると学習できる動物なので、教えることも大切です。そうやって考えると、イライラしないで歩けそうではないでしょうか?横にピタリとついて歩けない場合は、まだまだ”私の”練習が足りないんだ、と反省すればいいのです。

こんなにおりこうだったのね

 レッスンでこんなことがありました。家の中ではまったく問題がないということでしたが、お散歩で引っ張るのを直したい、というのが飼い主さんのお悩みでした。家の中では本当におりこうで、何しにうかがったのかわからないくらいでした(笑)そんなとき、ちょっと不思議なことが起こりました。同居している猫がテーブルに上がってきて、私にスリスリしてくれたのです。猫はどうやってつきあったらいいのかわからないので、どうしたらいいのかオロオロしていると、飼い主さん曰く、どうやら私のことを気に入ってくれたとのこと。それは嬉しいのですが、その猫はそれから私の目の前に置いてあった、飼い主さんと愛犬のカルテの上に寝転がってしまったのです。

 気持ち良さそうに寝ている猫を目の前に、どうつきあうのがよいか知識のない私はどうすることもできずにいましたが、そのときふっと、「こんなレッスン必要ないよ」そんなふうに猫が言っている気がしたのです。そして飼い主さんに意外はアドバイスをすることになりました。「家の中でこんなにおりこうなら、いっそのこと自由に歩かせてみてはいかがでしょう?幸い郊外なので、人に迷惑をかけないで歩ける道はありますよね?」そういう道だらけだということになり、とりあえず、飼い主さんが自ら愛犬と一緒に歩いてみてください、とお願いしてレッスンを終了しました。

 後日、飼い主さんからメールがきて、迷惑をかけない、危険ではない道で自由に歩かせてみたところ、その子は1メートルくらい前を歩くものの、それ以上引っ張ることはなく、ときどき振り返って飼い主さんを確認しながら歩いたそうです。散歩から帰ってきて足を洗っているときに「あなたはこんなにおりこうだったのね」と涙が溢れて止まらなかったそうです。

大切なのは「一緒に歩く」こと

 危ないからひも、リードをつける必要がありますが、その意味はそのひもの端を持っている人の心の持ちようで、こんなにも変わってしまうのです。ピタリと横について欲しい、というのが見えや世間体やエゴであるならば、その考えかたはやめた方がいいです。あなたを守る大切なもの、ある人は「手をつなごう!」という気持ちでリードをつけていると言っていました。私は、お散歩のレッスンで、ピタリと横につくことが必要なのではなく「お互いを気にしながら一緒に歩く」ことが必要だと、飼い主さんに伝えるようにしています。それは、競技会のようにずっと見る、のではなく、お互い楽しめる状況を楽しみながら、お互いの存在を確認しあいながら歩く、ということで、目線がつながりっぱなしにする必要はなく、心がつながっていればよい、と私は思うのです。

 

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